エントランスには、出展作品の一部が並ぶ売店や、特別にチョコレート色の革が張られたジャスパー・モリソンさんのベンチ「ベンチ・ファミリーチョコレート」が置かれ、「ポップなチョコレート世界」を期待した人は少し意外に感じるかもしれない。安藤氏設計の建物は、ミッドタウンの中心にある地上54階建「ミッドタウン・タワー」とは対称的に、地面が隆起したような低層建築で、展示室は地下に整備されている。展示内容は、「チョコレートそのもののデザイン」と「チョコレートのようなもの、チョコレートと関係したデザイン」の大きく2つに分かれる。最も大きい面積を持つ「ギャラリー2」には「チョコレートのようなもの、チョコレートと関係したデザイン」が展示され、照明を落した「ギャラリー1」には「チョコレートそのもののデザイン」が展示される。
ギャラリー2に入ってみる。白を主体とした空間には大きく傾いた壁面が用意され、各々の作品がゆとりをもった配列で置かれている。空間の中心には大きなテーブル状の展示台が置かれるほか、壁面の背を利用して、インスタレーション型の作品が置かれる。
鍵をモチーフにした作品「412-810」(写真右©HIMAA)を製作したHIMAAと、チョコレートを使った照明器具「アフターダーク」(写真左©VINTA)を製作したVINTAの2組に自身の作品について聞いた。
「チョコレートというテーマが与えられて、ぱっと思い浮かんだのが板チョコだったんです。チョコを食べてみて一番印象深かった、噛むときの『歯形』を作品で表せたらというのが始まりです。鍵って噛んだときの線と似ているし、1人1人の歯形は1つしかないということと、1つの家に対して1個の鍵しかないということがぴったりきて、割とすんなり(アイデアが)決まりました」(HIMAA)
「実際にこんな風にチョコレートが溶けている様子はみんな見たことがないと思うんです。だけど(チョコの)パッケージにもよく現れていたり、記号としてのチョコレートの面白さ、シズル感ですね、おいしそうなチョコレートには必ずこのイメージがある。電球の熱でチョコレートの固まりが溶けて、下に広がって行く。そこに光が写り込む。(このような)ストーリーと形状とランプが全て結びついて、瞬間に(アイデアが)決まってしまったんです」(VINTA中村氏、写真左)
「チョコってかわいらしいイメージだったり、暖かみがあったり、人間の感情としてポジティブな部分をよくもっているだろうなと思ったので、最終のアウトプットをポジティブに持っていくことを極力気にしていました」(VINTA岡本氏、写真右)
企画展では、誰でも知っているテーマを扱うことにしている。「誰でも知っている」「楽しく掘り下げることができる」という視点から鑑賞者がスムーズに受け入れることができる「チョコレート」をテーマにしたそうだ。展覧会は、チョコレートそのものを見せるのではなく、チョコレートから発想した作品を通して新しい「視点」を見せるもの。深澤氏自身が面白いと思ったクリエーターをジャンルを問わず選んだという。展覧会開催にあたってクリエーターは約1年の期間をかけて準備を行った。準備期間中に行われたクリエーターのためのワークショップの様子を深澤氏、VINTAに聞いた。(写真=MASAYA YOSHIMURA/NACASA&PARTNERS,Inc)
「パティシエを呼んでチョコレートを作ったり、みんなで討議したりする中で、みんながチョコレートについて話し始める。ある人が『僕はこんなの』とアイデアを発表すると、(アイデアを考えていない人は)『ああいう感じか!』と思い、良いと思ったら『やられた!』と考えなければいけなかったり。(クリエーター同士が)お互いに影響を与えるような場をつくった。集まるたびに小さなスケッチでも発表しなければならないわけで、(発表したものに)みんなが『おー!』と反応すると決まっていく」(深澤氏)
「僕らは5案くらいアイデアを提案したんですけれど、多い方は20とか30とか。みなさん同じようなアイデアを考えるんです。アフターダークに関しては重ならなかったですね。ただ、本質的な意味では重なっていなくて、どういう思いをこめたとか、何からそこに至ったかという部分ではみなさん絶対に違うんです。そこが面白いところで、重なっているんだけど切り口が違う」(VINTA)
展覧会は作品を並べただけではない。チョコレートというテーマに基づき、クリエーターが考えた制作のプロセスこそが展示の本質といえる。作品誕生の背景にある作家の制作過程を想像することも鑑賞の楽しみの1つとなるだろう。
深澤氏がチョコレート展を通して伝えようとしたデザインとは何だったのだろうか。
「人間は誰かとつながりあっていることで平和を感じることもある。何を共有しているのかをデザインを通して伝えたいと思った。何かをやった時に『ああ!こういうこと考えるよ』みたいな同調するきっかけを作品の中に込めている。『つながり』というと、人の気持ちと気持ちでつながりたいと思っているところがあるが、そうではなく『あ、俺もあんなことやるやる!』みたいなことで同調し合っていると思う。意識していない状態でつながっていることを抽出して作品として見せることでじわっとくるような、『そういう見方をすれば世の中ってこんな感じだな』ということを日常生活レベルの中でやりたい。それを発信していくのがデザインの基本だと思う」
展覧会では作品を観るだけではなく、来場者それぞれが作品をきっかけに考えることが出来る。クリエーターが提示する視点を、作家と鑑賞者・来場者同士で共有・共感できたときに生まれる感覚(深澤氏はこれを『肌感覚のよろこび』という)を得ることができれば、展覧会が提示した内容を理解したといえるだろう。深澤氏は、このような視点は日本に伝統的に存在していたものだという。
「もともと日本の美学には、機能の中に人との美の関係を見出そうとした文化があると思う。その時はデザインとは言っていなかったけど、今こそそれがデザインと言えるのではないか」(写真=左上から時計回りで、ジェームス・モリソン『カカオ農園の人々』、深澤直人『アスファルト』、杉山ユキ『チ・ヨ・コ・レ・イ・ト』、FRONT『チェンジング・ヴェース』)
デザインが飽和状態になっているように思える現在において、私達はデザインとどのように付き合ったらよいか、深澤氏に聞いた。
「自分たちと違う世界でデザインが動いていると思いがち。デザインは刺激を自分にくれるものと受け手が構えているところがある。デザインは普段着のもの。展覧会の目的は『もっと寄ったところでみんなデザインを話していこうよ』と討議する、情報を投げ込む『入れ子』みたいなものをつくったという考えがある。チョコレートを見て『そっかぁ』と思い、日常の生活にフィードバックすれば、何でも刺激を求めなくていいと思えるようになるのではないか。高いお金を払って巨大なミュージアムに行くのではなく、(展覧会では)芝生でごろっとしながら見ていたらデザインのイベントをやっているというように、デザインが日常の生活にもっと入っていけることを見せられると思う。(展示を通して)『驚き』は与えるかもしれない。驚きというのは、自分の知らないことを知ることではなくて、『こう考えてもいいんだ』ということ、『自分もそういえば合っていたな』と戻ってくる感じだと思う」
チョコレート展では、日常的な感覚が「デザイン」に結びついていくことを体験できる。作品そのものをデザインとして捉えるのではなく、作品から何らかの共感を得ようとする姿勢そのものが、日常生活における新しい視点を得るためのエクササイズになっている。展覧会を見た後にはきっと、それまでとは違った意識で毎日を過ごすことができるだろう。