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F.O.B COOP閉店で伝えたいこと 益永みつ枝さんインタビュー

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広尾の老舗輸入雑貨セレクトショップ「F.O.B COOP」、35年の歴史に幕
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35年を振り返って

「毎日忙しかった。自分自身でやらなきゃ気が済まない性格だから、『世の中にないものを、なんでやらないの?』って、無我夢中であっという間だった。ワンマンオーナーだから、仕入れから在庫管理まで全部やっていた。ブレなかったのはそのせいかな。美しく見えるものたち、機能的で必要なものたちを選んできているから、ブレる理由がわからない」

F.O.B COOPはどんなに時代が変わっても、揺るがない安心感があった。そこに行けば大事なことを思い出させてくれる、ホッとする空間。益永さんの確固とした美学と審美眼により集められたものたちはいつだって心地がよかった。美しく機能的なものは、飽きずに長く使える。一家に一つはあるといわれているDURALEXのグラスがいい例だ。「いつまでもあると思うな親とFOB」と冗談めかして言う益永さん。閉店は「カンフル剤」とも。

1983年に「DURALEX」のグラスと出合ったことでF.O.B COOPのスタイルが確立していった。

「一回カンフル剤みたいに意思表示してもいいかなと思った。最近の若い人は、車もいらない、良いものもいらない、という感じでしょう。今4050代のお客さんたちには良いものを売りすぎて未だに大事に使ってくれているけど、周りに似たような店がたくさんあるから、そっちで買ったりしている。大企業は力技なところがあるからね。皆さんに言いたいのは『(お金を落とす場所を)ちゃんと選びなさいよ』ということ。買わない権利ってスゴイのよ。唯一社会参加できること。(選挙で)一票投じるのと同じくらい意味があるんだから。きちんと美しく生活してほしい」

益永さんが思う「美しさ」とは

「ある時、男性が6歳くらいの子どもを連れていらして、子どもが背筋をシャンと伸ばしてナイフとフォークを使ってきれいに食べていたの。聞いてみると、フランスで暮らしていたご家族だった。もちろん子どもはいいレストランには連れていけないけれど、テーブルマナーはフランス人の奥さんがしっかり教えたそう。ところが日本人の子連れ客は皆行儀が悪い。昔は日本だってお膳があって、お茶碗とお椀があって、ちゃんと持ち上げて背筋を伸ばして食べていたのよ。だけど今は口を器に近付け、犬食いのように食べる。パソコンを覗きながら食べたりね。どこかで何かが流行れば列を作り、『行ってきた』『食べてきた』とブログで報告。そういうことを『良くない』『美しくない』と言う人がどこにもいない。日本は豊かな国になったはずなのに、どんどんおかしな方向へ行っている」

益永さんのメッセージは一貫して変わらない。どんなにいいものに囲まれても、おいしいものを食べても、それは本当の意味での豊かさではない。どんなものをどんな風に食べるのか? 何をどこで手に入れ、どう使っていくのか? そこには自分の美学があるのか?

変わりゆく広尾の街と世の中の流れ

「昔は店の前の通り(外苑西通り)が『地中海通り』なんて言われていたこともあった。洒落た地中海料理の店が並んでいてね。だけど最近はコンビニ通りになってしまった。カフェブームで土日はここもファミレス状態。雑貨ありきの休憩所のつもりだったから、こんなの違う! と思っていた。老舗がどんどんなくなっていく現状に、なおさら頑張ってまともなものをやっていきたかったけど、スタッフも育たないし、消費税とか、原発とか、世の中の流れを見ていたら、精神的にキツくなってしまった。広尾店だけでも続けようと思ったけれど、背負っているものが大きくなりすぎていた。本当はギブアップするのはイヤだったんだけど、一回やめてみようと……」

店の前の通りが「地中海通り」と呼ばれていたこともあったそう。

今後の展望と夢

「少し前までは老人ホームを作るのが夢だった。介護されるのではない老人ホーム。実は1番最初に入居してくれるお客さんも決まっていて、それを目標に頑張っていたんだけど、去年その方が亡くなり、励みがなくなってしまった。震災以降、私自身も考え方が変わった。これ以上お金儲けもいらないし、今あるものを楽しみたい。今までずっと突っ走ってきたからちょっと落ち着いて、季節の変わり目を眺めたい。とはいえ、一回休憩したらまたやりたいことが出てくるかもしれないし、そうしたらジッとしていられないのが私だからね。なんだろう……この世代(昭和22年生まれ)の使命みたいよ(笑)」

「1回休んで、またやりたいことが出てきたらやる。それが私だから」と益永さん。

2003年に千葉県富津市に建てたビーチハウスにはここ1年行けていないという。友人に誘われた鎌倉や葉山などではなく富津市に決めたのも、偶然とひらめきによるもの。同じ値段で狭いリゾートマンションに入るくらいなら、「ここをなんとかしよう」と、創意工夫するのが性分だ。益永さんの生き方は多くの人を引き付け、多大な影響を振りまいてきた。F.O.B COOPが閉店するということは、一つの店が終わるという単純なことではなく、街から「知性」や「文化」が消えるというような、とても大きな損失なのではないだろうか。今後広尾の街がどう変わっていくのか、注意深く見守っていきたい。

*  *  *

text:清水麻衣子(元オリーブ少女)
東京のはずれで思春期を送り、愛読していた雑誌で知った「F.O.B COOP」という名前。いつかこんな素敵なものたちに囲まれて暮らしたいと、記事を切り抜いてはせっせとスクラップ帳に貼り付けていた。ときどき都心へ出向いては実物を手にし、ちょっと大人になった気分に浸った。社会経験を積み近所に暮らしてからは日常的に立ち寄れるようになり、憧れの雑貨もようやく等身大で楽しめるようになっていた。閉店と聞いてあまりのショックに思わず駆け付けた。こんな一ファンの私に、真摯に語りかけてくださった益永さん(本まで貸していただいた!)、本当にありがとうございました。いただいたお言葉を胸に、美しく生きる努力をしていきたいと思います。

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